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2011年5月

2011年5月17日 (火)

歩道のフラット化

最近、都市部の歩道がフラット化している。車道との段差をなくし、歩車道の区分をコンクリートブロックによって仕切るものだ。
従来の歩道は交差点部分で必ずスロープになっていたし、歩道の外側(例:駐車場)から車道へ抜ける部分は歩行者にとって横方向のスロープになったりするなど、特に車いす利用者からは不評であった。だから車いす利用者からも歩道のフラット化は望まれていた。

しかし、どうも結果としてはフラット化に対しては苦情が絶えないようだ。
その1つが「歩車道の区分がなくなったために、視覚障害者は、どこから車道になったか歩道になったかがわからない」というもの。せっかく身体障害者のために造ったフラット化が視覚障害者にとってはまったく逆効果のようだ。
そして、車が乗り入れやすくなったおかげで、違法駐車が多くなったところもあるという。これも予期せぬ逆効果だったようだ。

僕たちバス屋にとっては、車いす用のスロープ板の傾斜が大きくなったことが挙げられる。
ノンステップバスの床高が30センチ程度として、歩道の高さは15センチ程度。実質段差15センチ程度を1mほどのスロープで結ぶのだけど、これがそっくりそのまま30センチが段差となった。ニーリング機能を使って少しは床高を低くしても、単純に歩道高15センチ分は傾斜が強くなるわけで、どうも車いす利用者には反感を買っている。

行政も障害者団体の意見としてフラット化を図ったところも多いと思う。しかし、結果は必ずしも芳しくない。
だからと言って行政のやることは失敗ばかり、税金の無駄遣い、なんて思わない。人それぞれの考え方の違いなのだ。ただ、声が大きい人の意見ばかり目立っているだけ。それでもその声の大きい人にとって結果オーライとなっていない。正解がないだけに厄介な問題である。

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2011年5月14日 (土)

原子力発電の是非

報道では毎日、福島の原子力発電所を報じてる。
最近、「福島第一原発の事故」と言ってるのを聞いてちょっと気になった。

これは発電所で起きた事故なのか、それとも地震の延長線上にある災害なのか。

僕の考え方は後者であり、単に“原発の事故”という言い方は、発電所の何らかの不備によってだけ発生したものであると思うのだが・・・。
もちろん不完全な危機管理で電気の供給がなされなくなった事実はあるにせよ、これも地震の延長であると思う。僕自身は東電も地震の被害者であるという意識で、東電の今までの体質はともかく、地震がなければ今もふつうに稼働してるはずだし、その危険性をこれほど声高に訴えることもなかっただろう。

ところで、原発=危険という認識が強まったおかげで、全国各地の原発が停止を余儀なくされてる。電力会社によって差異はあるものの、発電比率は0%の沖縄電力を除いて少ない中国電力でも約1割、多い関西電力では5割を原発に頼ってる。もし原発を全て止めればどういう事態になるか想像できるわけで、今の世の中、原発=危険という短絡的な発想だけで止めてしまっていいのだろうかと疑念を抱く。
もちろん、何かがあれば危険なのは承知してる。しかし、それこそ確率論で、30年以内(早ければ1秒後かも?)と言われる東海地震での被災を回避するために、これからの経済活動を停滞させるのが正解なのか、そういった議論も必要ではないか。

僕は、原子力に変わる環境にも優しい発電方法の開発を急がせてから、順次原子力を止めていく方法を取るべきだと思う。そりゃ明日かもしれない大災害に、そんな悠長なことは言えないだろう。しかし、今の世の中では、電気の供給量を低下させることのほうが生活や経済に与える影響が多いように思えてならないのだ。

立場々々で考えは違うと思うけど、ニュースを見るたびにふと感じた。

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2011年5月10日 (火)

新幹線と言えば・・・

長きにわたり「新幹線」と言えば東海道新幹線を指す言葉であり、関東に住む僕にとっては山陽新幹線も縁が遠い。直通運転もしているから「東海道・山陽新幹線」という言葉はなじみがあるけど、世代的にも新幹線と言えば東海道新幹線なのかもしれない。

JR東日本にとって新幹線と言えば東海道新幹線ではないはずで、それは東北であり上越であり、そして秋田、山形、長野新幹線なんだろうけど、東日本エリアに住む僕は名古屋や大阪へ行くときは何気に「新幹線で行く」というのに、東北へ行くときはあえて「東北新幹線で行く」と言わないと、気分が落ち着かない。

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東京駅の案内表示。
東海道・山陽新幹線は700系のデザインを使っているけど、東北・山形・秋田・上越・長野新幹線は200系を使っている。もはや風前の灯になろうとしている200系がいつまで使われるか気が気でないけど、愛らしい団子っ鼻はいつまでも残っていてほしいなと思う。子どもたちには「ナニあれ?」って言われるかもしれないけど。

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2011年5月 8日 (日)

外人墓地

天気も天気なのでお出かけ。横浜みなとみらい・元町方面へ足を運ぶ。
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外人墓地。ちょっと高台に位置していて、遠く横浜港などを眺めることができる。

ところでこの外人墓地。考えようによってはただの墓場なわけだけど、これほど挙って観光客が来るのって何でだろうと思う。ただ単に景色を見たいだけではなさそう。函館もそうだけど「“外人”墓地」というだけで日本人の心をくすぐるのか? これって単に欧米への憧れか。それとも欧米人への従属の思い? いわゆる日本の大規模墓地(東京・青山霊園、静岡・富士霊園、大阪・生駒霊園など)で年がら年中“観光客”が訪れる墓場なんて聞いたことがない。ましてアジア系(石原都知事が言うところの“三国人”)の墓地があっても、観光客は行くことないだろう。
やはり日本人は欧米には弱いようだ。
かくいう僕は、港の見える丘公園へのついでだったわけだけど、行ったことには変わりないのだから同じ穴の狢かcoldsweats01

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2011年5月 1日 (日)

電気バスの早慶戦

大衆には余り知られてないかもしれないが、電気バスの開発がかなり進んでる。最近はハイブリッドなど電気“も”使って走るバスを見かけるようになったが、電気“だけで”走るバスの歴史は意外と古い。ウィキの記述では1930年代に採用例があるといい、戦後も大阪市営などであったというが、コストや性能で本格導入には至らなかったようだ。

バスのハイブリッドは軽油と電気を使い分けて走る方法と、軽油で発電して走る方法がある。前者は負荷のかかる発進時や上り坂を電気で補助し、メインは軽油で走る。日野で採用している。後者は三菱ふそうが採用し、言うなればバス1台に火力発電所を1個ずつ携えていると考えれば簡単だ。三菱の開発コストが相当高いのか、販売価格は日野の3千万円弱に対し三菱が4千万円。そのせいか世間に出回っているのは日野が目立つ。

ハイブリッドの1歩先を行く電気だけのバスの開発が盛んだ。それも早稲田大学と慶応義塾大学で凌ぎを削って開発している。
早大は日野ポンチョを改良した非接触型充電方式を採用して、充電しながら運行しようとするもの。ただ、この開発会議に参加した某社の人曰く、ここに至るまでバス会社の運行の中身を教える必要があったそうだ。そもそも「折り返しの合間に充電」なんて考えてる人達ばかりで、バスの折り返し時間、遅れたら着発で折り返す、そういう現実を理解させることから始まったらしい。

一方の慶応。清水浩教授のもと、いすゞなどメーカーが協力して、まったく新しいバスを作ろうというものだった。タイヤ1個にモーター1個、8輪。タイヤは小型化してフルフラット。元々が電気自動車エリーカをベースにしたバス開発だったので、今までのバスを払拭するデザインに驚いたものだ。
教授の研究発表の場に参加させていただき、エリーカの凄さと、これをもとにバスの開発をしているという話を聞いたが、まだまだ10年ほど先の話だと高をくくっていた。それにいったいいくらかかるかわからないバスに、早々に事業者が触手を伸ばすかという点も気になった。

ところが、開発はもうここまで進んでいた。
http://naokixtmtk.blogspot.com/2011/04/sfcev.html
すでに試作車ができているではないか。
ん~、デザインはイラストほどの奇抜さはなく、所詮こんなものかなと思う。でも8輪タイヤという外観、そしてフルフラット、なかなかいい出来だ。これで燃費というかキロあたりの従前の5分の1ほどであれば、イニシャルコストが多少高くても手を出す事業者がいてもおかしくはない。あとは事業者がどの程度インフラをそろえる必要があるのか、である。

電気バスの早慶戦という点では慶応が一歩リードかな。このバスが今までと変わらぬ価格で買える日が来れば、多くのバス会社に普及する日が来るように思う。製造コストの削減に頑張ってほしい。

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