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2008年10月28日 (火)

ケイエム国際

20081028
先日、都内へ行った折に撮った1枚。とはいってもアレっ?と思って撮ったものである。
ケイエム国際の観光バスは、古くは岡崎友紀主演の「なったって18歳」で有名になった老舗の専業会社だ。はとバスとケイエムこそ東京の観光バスだった。まさか東京にこんなにバス会社があるとは思ってなかったご幼少の頃の話。

さてケイエム国際。正式名称は国際自動車なのかケイエム国際なのか、はたまた国際ハイヤーなのかわからないほど目まぐるしく社名が変わったと思う。バブル絶頂期の頃は両側にソファーを並べた10人?乗り観光バスなど超豪華仕様をラインナップしたほど調子付いていたけど、バブルがはじけて業界全体が衰退の一途をたどり、さすがのケイエムも昔のままではいられなくなった。社名が変わるごとに労働条件が変わっているとも囁かれた。つまりは再編々々なのである。

ケイエムのバスというと正面に飾られたエンブレム(行灯)がある。3~40センチ程度の正方形の枠の中に「km」の文字を誇らしげに、夜は照明で浮き上がる。それもボディに後付というものではなく、ボディ一体型、埋め込まれたようになっている。まさにフロントマスクは特注といった感じがした。残念ながらその画像は所有してないが、マニア作成の観光バス最大のサイトでその画像が見られる。
http://my.reset.jp/~kankobus/km-3.jpg

しかし、僕が当日撮影した車両にはその行灯がない。どうしたものか? 藤田観光の合併譲受の車両にこの手のエアロはないはずだし、もう淘汰されてるだろう。もはや特注で作るほどの勢いもないということか。
・・・と思ってほかのサイトも調べると、まあ安心か、最新のエアロクイーンのフロントに行灯がある画像を見つけた。ケイエムはこれでなくてはいけない。
では僕が撮ったあの車両は、どういう経緯で行灯がないのか、逆に気になるネタができてしまった。

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コメント

久しぶりにコメントさせていただきます。
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 珍しく、貸切ネタですね。はとバスは最近では都交通局とタッグを組んでいるので、若干ながら貸切専業色(もちろん、定観を運行していますから、許認可的にはもともと貸切専業ではありませんが)を薄めつつありますが、ケイエムは専業で頑張っていくのでしょうか。
 弊社も、それこそ「なんたって18歳」がOAされていた昭和40年代ころは、貸切が華やかなときでした。しかしながら御多分に漏れずその後は衰退。いまや風前の灯火状態です。時代の変化ももちろんですが、トドメとなったのはやはり平成12年の需給調整撤廃(いわゆる規制緩和)でしょう。最近、タクシー業界では「再規制」の議論も出ているようですが、貸切業界ではそんな声は出そうもありませんね。先日のみのむし様の記事にもありましたように、似非高速バスで業界団体を作っちゃおう!なんて勢いですからね。
 なぁんて思っていた矢先、貸切に関する当局の通達が本日社内回覧で回っておりました。「貸切バスの事故を誘発する原因となった旅行業者は当局が指導に入る」といった旨の内容でしたが、みのむし様はご覧になりましたか?

投稿: 桃太郎侍 | 2008年10月28日 (火) 23時09分

「ケイエム観光」は今では国際自動車の観光バス部のブランド名のような物です。正式社名はタクシー・ハイヤー・観光バス全て「国際自動車」です。ケイエム観光では実際以前あった自主販売・企画の観光代理店事業はしておらず、現在大手旅行代理店等を通じてツアーを請け負っている事もあります。
以前藤田観光のバス部を買収した直後は今迄のケイエム観光(写真のカラーリング)はそのままに、藤田観光の車両・従業員は「ニュー国際」としてバスのカラーリングも別で営業しておりました。写真の車両はニュー国際(旧藤田観光)用に購入し、外装カラーリングも元々はカメリア仕様の車両の為、真四角の行灯はついておりません。多分シートもニュー国際の外装カラーリング(カメリア)に合うようにエメラルドグリーンだと思います。同時期にケイエム観光で購入の車両はカラーリングは写真の通りで、シートはブラウンだったと思います。
現在はニュー国際もケイエム観光に吸収され、ニュー国際だった車両もケイエム観光カラーに統一されています。そのため、真四角行灯でない車両も存在します。
ついでにいえば、2007年から導入されている、新型セレガ・メルファ・新型エアロクイーンには無灯(夜でも点灯しません)のKMマーク(以前より少し小さめ)がついています。
実物はHPでごらんください。

投稿: ケイエム観光 | 2008年10月29日 (水) 09時33分

コメントありがとうございます。

まず桃太郎侍さん。昭和40年代といえば観光バス全盛期。マイカーが徐々に日本人の生活に入り込んできたけど、旅行といえば公共交通で行ったわけで、ツアーも極当たり前に観光バスで行きました。
全盛期の観光バス運転士やガイド(の生き残り)が定年を迎えようとしてた頃、かつての観光バスの話で盛り上がりました。「大阪で夕食とって関門海峡で朝迎えて…」って、これって24時間走りっぱなしってこと?と驚いたことがあります。中国道開通前の話です。今は規制緩和の裏でいろんな制限はできましたが、昔は「なんでもアリ」だったのがある意味スゴイしコワイです。「酒飲んで安全運転できないようではプロ失格!」なんて平気で言えた時代だったわけで。

タクシーの再規制はホント羨ましいです。だけど僕は観光バス業界はタクシーほどの競争にはなりにくいと思うようになりました。少なくともうちの会社は落ちるとこまで落ちたので、これ以上の衰退はないと。(T_T)
それに一応は路線兼業で名もある会社と自負してるので、それを頼って、いいお客様だけが来てくれればいいカナと。叩くだけのエージェントに貸し出すバスはないし、いくら閑散期でも4万5万の仕事なんか受けてられません。そんなの受けてる会社はいずれ淘汰されると信じてます。楽観主義ですけど。
まぁそれを踏まえても適正価格(=安全対策費すら賄えない)で借りようとしない旅行会社が指導されるようになればいいなと考える・・・これも楽観主義かな?

ケイエム観光さんは内部の方かな?
そうですか、今は自社営業もやってないのですか。うちもかつては保有台数の割りに自社比率が高い数値で業界でも羨ましがられましたが、保有台数の減と共に営業マンの削減(他部署へ異動)が行われ、最終的には観光バス担当は1名、台帳と営業(一般&エージェント)をこなすことになりました。おかげで繁忙期は連続出勤30日近く、名ばかり管理職をいいことに会社は残業払わずで、確実に2名分以上の人件費は浮いたはずです。8年ほど前の僕ですけど。

藤田観光とのつながり、詳しい説明ありがとうございます。そういえば藤田観光カラー(カメリア仕様と呼ぶんですか?)で社名だけ「ニュー国際」となってたバスがありましたね。藤田観光というと富士ボディのイメージが強いんですが、藤田観光カラーでニューエアロが存在したわけですね? 見てみたかったなぁ。

エンブレムの無灯化、ちょっと残念です。あれこそkmなんですよ、僕にとっては。

投稿: みのむし | 2008年11月 1日 (土) 09時30分

こんにちわ!ケイエム観光バスって?
老舗の会社ですよ!
私の知ってる、ケイエムはサロンで、ガンガン走ってましたね!
当時片手は楽に越した値段のバスばかり
かなりの金額かけてましたね
一列シートに全席回転シート
素晴らしく他社との差は付けてましたね

しかし今は観光バスは観光から
送迎バスに以降したかの様に
旅行に使われるバスにはワンマン運行ばかり、ガイドも乗らない送迎の観光に
なってます
そもそも規制緩和にも影響あったのも事実ですが、その中でも頑張り良い会社
などは、あります!ケイエム観光も昔の良い時代の事を忘れ
今に合わせたお客様のニーズにお応えする会社に車両並びに乗務員、ガイドもならないと勝ち残りは無いでしょう

投稿: | 2015年2月22日 (日) 14時34分

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